グラナート・テスタメント・シークエル
第7話「千変万化〜煉獄の炎帝〜」





凄まじい衝撃と共に、紅蓮の炎が爆散した。
爆発の発生点は、刀を振り切った体勢で停止しているマルクトである。
カーディナルは、マルクトの立ち位置から十メートル程吹き飛ばされながらも、足から綺麗に床に着地した。
「七方向からのまったく同時の斬撃か……面白い技を使う……」
カーディナルの深紅色の剣が、纏う紅蓮の炎の激しさを増す。
「一太刀で……七太刀全てを弾かれるとは思いませんでした……」
七天抜刀セヴンズヘヴンの七つの刃は幻ではない、全てが実在する斬撃なのだ。
にもかかわらず、カーディナルは一太刀を放つ際に、刀身から爆発的に放出される紅蓮の炎で、全ての斬撃を弾き飛ばしてしまったのである。
「ふん、少しは楽しめそうだ……緋天朱雀(ひてんすざく)!」
カーディナルが紅蓮剣を一閃すると、炎でできた朱鳥が七羽、マルクトに向かって飛翔した。
「っ……」
マルクトは刀を瞬時に白木の鞘に収めると、力を溜めるようにして居合いの構えを取る。
「天葬閃(てんそうせん)!」
抜刀と同時に爆流のごとき勢いで白光が放出され、朱鳥を全て呑み込んだ。
白光はそのままカーディナルの姿をも呑み尽くす。
「……なるほど、天使の使う天罰の変形か……」
声はマルクトの背後からした。
「くっ!?」
「狂咲蓮火(きょうさきれんか)!」
天葬閃……聖なる闘気を抜刀と共に大砲のように撃ちだす技……直後の硬直から動けないでいるマルクトを、紅蓮剣の連続突きが襲う。
「っっ……ああああああああああっ!?」
無数の火の粉と鮮血が、空間に美しい紅い花を咲かせた。
マルクトは、背中を七度刺し貫かれながらも、前方に転がるようにして、カーディナルの追撃から逃れる。
「逃すか! 狂躁烈火(きょうそうれっか)!」
カーディナルが紅蓮剣を床に叩きつけると、烈火(激しい炎)が地を駆け、マルクトに迫った。
「くっ……天罰っ!」
マルクトは振り返り、不安定な体勢ながら、素手の左掌から白光を放つ。
烈火と白光が激突し、凄まじい爆発と共に互いを消滅させた。
「ふん、なかなかのものだ……悪くはない……」
カーディナルは口元に楽しげな微笑を浮かべる。
緋天朱雀から始まった一連の攻防は、ほんの一瞬の出来事だった。
刹那の攻防、常人には認識すらできない領域での戦闘である。
「…………」
マルクトは無言で立ち上がると、刀を大上段に振りかぶった。
「……フッ、どうやらまだまだ楽しませてくれそうだな……」
カーディナルは右手に持った紅蓮剣の剣先をマルクトに向ける。
「…………っ!」
まるでコマ落としのように、いつのまにかマルクトの刀が振り下ろされていた。
「っ……?」
カーディナルが己の肉体を僅かに横にずらすと、見えない何かが真横を駆け抜けていく。
そして、カーディナルの後方の壁が真っ二つに両断された。
「……姿無く、音も無く……斬られるまで認識もできない『刃』か……本当面白い技を使うな、貴様は……」
「……あっさりとかわす、あなたもあなたです……」
マルクトは再び刀を白木の鞘に収める。
「なあに……かわせたのはただのまぐれだ……」
カーディナルは右手の紅蓮剣を逆手に持ちかえた。
「狂疾燧火(きょうしつすいか)!」
紅蓮剣の剣先が床を擦るように切り上げられると、床から炎が噴き出し、マルクトを呑み込もうとする。
「はっ!」
マルクトは抜刀すると、その衝撃波で迫る炎を掻き消した。
「……燧火……マッチですかその剣は……」
東方では燧火(すいか)と書いてマッチと読む。
マッチというのは説明するまでもなく、火をおこすためのもっともポピュラーな道具だ。
パープルやブルーやクリアなどの先進国にはライターというさらに便利な火付けの道具が存在するが、一般的にはまだマッチの方が普及している。
ちなみに、グリーンなどの後進国では、いまだに火打ち石や木の摩擦で火を起こしていたりするのだ。
「似たようなものだ……陥穽業火(かんせいごうか)!」
カーディナルは紅蓮剣を床に突き出す。
「陥穽……落とし穴? つぅっ!?」
マルクトが何かに気づき、跳躍しようとした瞬間、彼女の足下から地獄の業火が噴出した。
さしずめ、カーディナル版の紅蓮天衝(イェソド・ジブリールの炎技)である。
「……ふん、流石は天使……鳥は空へと逃れたか……」
天井を貫いて、どこまでも高く噴き出し続ける火柱の横に、金色の右翼と銀色の左翼を羽ばたかせた天使(メイド)が居た。
「右翼はメタトロンの物か……」
「はあああああああああああああ……」
マルクトの体中から白い闘気が立ち上り、上段に構えた刀に集束していく。
「……神聖十字斬(ホーリークロス)!」
マルクトが虚空を十字に切り裂くと、巨大な白光の十字架が地上のカーディナルに向けて解き放たれた。
「技の名は西方風(カタカナ)か、東方風(ひらがな)か、統一しろ……我のようになっ! 緋天朱雀っ!」
紅蓮剣から、七匹の朱鳥が飛び立ち、白光の十字架を迎撃に向かう。
二人の中間で、白光の十字架と緋炎の朱鳥は正面から激突した。



「……緋天朱雀程度では相殺しきれなかったか……」
爆心地のように荒れ果てた地にカーディナルが立っている。
白光の十字架は、七匹の朱鳥に威力を大分削られこそしたものの見事に競り勝ち、カーディナルに直撃した。
周囲の被害に比べて、カーディナル自身は服が少し爆発で汚れた……といった程度のダメージしか受けていないようである。
「ホーリークロス……天使時代からの私の必殺剣……悪魔には効果的かと思ったのですが……」
今の一撃だけで倒せるとは思っていなかったが、ここまで効果がないとは予想外だった。
「愚かな……我が母上は貴様など比較対象にもならぬ程、古く偉大な天使だぞ。その娘である我に天使の技など通用するわけがなかろう」
カーディナルは嫣然と一笑する。
「なるほど……確かに言われてみれば、そういった理屈もありかもしれませんね……ならばっ……」
マルクトは再び刀を上段に振りかぶった。
ホーリークロスの時と違って、闘気が高まる気配はない。
寧ろ、全身から力が……気配すら消えていくかのようだった。
「無言……いや、無音の一撃か……確かにそっちの技の方がやりにくいな……」
サイレントストライク。
ホーリークロスが力押しの動の技なら、サイレントストライクは技術と速さを極限まで極めた静の技だ。
衝撃や音どころか、気配すら存在しない不可視なる『刃』。
その刃は誰よりも速く、どんな物よりも鋭利、切り終わるまで相手に認識すらさせない、この世でもっとも静かなる一撃だ。
「地味故に……恐ろしい技だな……」
見えず、聞こえず、感じられない。
五感で捉えることが完全に不可能なのだ。
第六感……『勘』で避けるしかないのである。
唯一の救いは、縦一文字、一刀両断の軌道でしか放ってないようだということだ。
放たれる瞬間……いや、直前に僅かでも横に動くことができれば、理論上は回避可能である。
と言っても、それすら神業級に難しいことだった。
「なにせ……いつのまにか、振り切られているからな……」
剣の動きがまったく見えない。
上段にあったはずの刀が、次の瞬間には、降り終えられているのだ。
この技の場合、それは、気づいた時には、自分が斬り終えられているに等しい。
「…………っ!」
「っっ!」
カーディナルが横に跳んだ瞬間、靡く彼女のマントが両断された。
背後の壁と殆ど同時にである。
「技名を掛け声みたいに叫んでくれれば、もう少し避けやすいのだが……流石にそんな愚かなことはしてくれぬか……」
カーディナルは余り余裕のない表情で、苦笑を浮かべた。
実際余裕はない。
後少し動くのが遅かったら……というより運が悪かったら、真っ二つにされていたのだ。
山勘に頼るなど、運に任せるのと殆ど変わらない。
「そう何度もかわせるものではない……やはり、ここは……攻めに徹するのみ!」
紅蓮剣の纏う炎が急激に激しさと明るさを増した。
「惨紅乱刺(ざんこうらんし)!」
紅蓮剣から七条の紅い閃光が解き放たれ、マルクトを刺し貫く。
「ぐっ……ああ……?」
マルクトの両膝、両肘、両肩、そして右胸に紅い光輝で形成された刃が突き刺さっていた。
マルクトは吐血と共に体勢を崩すと、地上へと落下していく。
「そろそろ終わりにするか……狂恋狂女(きょうれんきょうじょ)!」
カーディナルは跳躍すると、落下してきたマルクトを荒れ狂う炎の剣で乱れ斬りにした。



マルクトは無数の肉片にまで切り刻まれた。
そしてその肉片の一つ一つが発火し、跡形もなく燃え尽きていく。
「所詮この程度か……千変万化の我が炎……まだまだ魅せ(見せ)てやりたかったのだがな……」
紅蓮剣から炎が消え、色も深紅色から鮮褐色へと戻った。
「さて……残りのファントムも一応全員始末してしまうか……?」
カーディナルは入り口へと踵を返す。
その気になれば、ファントム残党など全て自分一人で簡単に始末できる……それだけの自負がカーディナルにはあった。
だが、圧倒的な力で自分が全てを倒してしまっては『面白くも何ともない』……それでは悪魔王は満足されないだろう。
「ふん……だがもう全て終わりにさせてもらう……」
カーディナルが歩き出そうとした瞬間だった。
彼女の背後で、膨大な白い光が破裂したのは……。



そこにあったのは白い太陽……いや、太陽のように巨大な白い鳥。
無限ともいえる白い閃光を放ち続ける巨鳥、より正確に言うなら白い閃光で創り上げられた巨鳥が部屋を支配していた。
「……サンダルフォンの真の姿か……て、よせ! その姿で飛翔したら……」
巨鳥の壮観な姿を眺めていたカーディナルが慌てて静止をかける。
このサイズの鳥が、動く、飛ぶということは……羅刹終焉波のような膨大な破壊光線が解き放たれることに等しかった。
巨鳥の一っ飛びで、この城は今度こそ完全に崩壊するだろう。
『……心配せずともその気はありません……』
白き閃光の巨鳥からマルクトの声が聞こえてきた。
巨鳥が弾け飛び、無傷……というより今生まれたかのように綺麗で力に溢れたマルクトが姿を現す。
「さっきまでとは文字通り桁違いのエナジー量だな……手を抜いていたのか? 我も甘く見られたものだ……」
「……別にそんなつもりはありません。ただ……私の本当の相手はあなたではない……だから、余力を残して置きたかった……それだけです」
マルクトの全身から白い闘気が抑えきれないかのように、常に大量に溢れ出していた。
「それが我を甘く見ていると……馬鹿にしているというのだ! 我と貴様、どっちが格上だと思っている!? 死力を尽くせっ! それでも貴様は我に遠く及ばぬっ!」
カーディナルの全身から爆発的な勢いで紅い光輝が溢れ出す。
「狂瀾散火(きょうらんさんか)!」
紅蓮剣から、激しく荒れ狂う火球が七つ一斉に撃ち出された。
だが、その瞬間にはマルクトの姿がカーディナルの視界から消失している。
「なっ……?」
「遅いです」
声はカーディナルの真下からした。
足下から爆発的に溢れ出した白光がカーディナルの視界を塞いでいく。
「あなたの強さに敬意を表し……ルーファス様より授かりしこの技で葬って差し上げます……天獄(てんごく)!」
白光を纏った刀がカーディナルを顎下から貫くと、彼女ごと天を目指して飛翔していった。



天井をぶち抜いて、巨大すぎる白い光の柱が重力に逆らい逆流した大滝のように天に向かって激しく昇り続けていた。
マルクトはその光柱の前で、右手を空高く突き上げるようなポーズで静止している。
「……天獄……天国の中の地獄……本当はあの方……いえ、あの男以外には使いたくはありませんでした……」
マルクトの呟きから数十秒後、光柱は消え去った。
さらに数秒後、天井に穿かれた大穴から刀が降りてきて、マルクトの突き上げた右手に掴み取られる。
「……天降剣(てんこうけん)『凛(りん)』……ルーファス様に作っていただいた最高の名刀……」
片刃の直刀、その刀身は普通の『刀』とは根本的に違う、物凄く異質な模様と輝きをしていた。
「……とはいえ、この技を多用するわけにはいきません……」
ルーファス、この剣の制作者にして、天獄を伝授してくれた青年。
彼が見本として、一度だけこの技を放った際に、彼の剣は跡形もなく粉々になって消滅してしまったのだ。
それ程、この技が剣にかける負荷は凄まじいのである。
「……後一度だけ……一人を殺めるだけ保ってくれればいい……」
マルクトは凛をゆっくりと白木の鞘へ収めた。
「…………」
もし万が一、天獄をもってしても、カーディナルを仕留めきれておらず、戻ってこられたら厄介である。
マルクトはさっさとこの場を離れることにした。
「これ以上消耗するわけにはいかない……私も凛も……」
「お見事、お見事、お見事アルよ〜♪」
パチパチッと拍手の音が聞こえてくる。
「それにしてもカーディナル様も情けないアルね。千分の一……いや、万分の一も力を出し切らずに負けるなんて……いくら何でも遊びすぎアルよ」
マルクトが拍手の音のする方向を振り返ると、そこには真紅のチャイナドレスを着こなした少女……銀珠・ツァーカブ・バールが立っていた。
「まあ、それもまた良い経験アルな。若いうちの黒は買っても白……アイヤ? なんか変アルね……?」
「……それを言うなら、若いうちの苦労は買ってでもしろ……だと思います」
「あっ、それアルよ! ついうっかり度忘れしていたアルよ、アハハハハハッ……」
銀朱は右手で頭をかきながら、笑って誤魔化そうとする。
マルクトには解らないことだったが、銀朱がいつも被っていた奇妙な帽子が今は彼女の頭の上になかった。
「……ん、どうも頭も寂しいアルね……お気に入りだったのに……跡形もなく消し飛ばしてくれて……絶対に許せないアルよ……」
「…………?」
マルクトには、銀朱が何を、何のことを言っているのかさっぱり解らない。
「……おっと、自己紹介がまだだったアルね。私は『クリフォトの7i』銀……」
「戯れ言はそこまでです」
「アイヤ〜?」
マルクトが、銀朱の発言を途中で遮った。
「戯れ言は……茶番はもういいと言ったのです……イェソド・ジブリール……」
「…………」
しばしの沈黙の後、銀朱は口元に恐ろしいまでに妖艶な笑みを浮かべる。
「……何で解ったのかしら?」
銀朱の口調が、声色までがガラリと変わった。
それに合わせて、表情も、纏う雰囲気も、より『熟し』ていく。
「……兄の……私の『右目』を誤魔化すことはできません……」
両目とも銀色のはずのマルクトの右目だけが金色に輝いていた。






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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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